現場に密着! 拘り抜かれた『タガタメ』周年限定本制作の裏側に見えたものとは?

2021年1月28日に、gumiオリジナルのモバイルオンラインゲームタイトル『誰ガ為のアルケミスト』(以下『タガタメ』)が5周年を迎えた。『タガタメ』を運用するStudio FgGでは、毎年周年を記念する限定本「The Alchemist Record」(以下「周年本」)を制作し、ユーザーの皆さんにお配りしている。
周年本には『タガタメ』の重厚な世界観やストーリー、キャラクター設定などを解説する“『タガタメ』の辞典”というコンセプトがある。毎回趣向を凝らしたボリュームもあるこの周年本は、実は企画からデザイン制作まですべて社内で行っている。社内で制作を続ける拘りの裏側にはメンバーのどのような想いがあるのだろうか? ばんぐみ編集部が約3ヵ月に及ぶ5周年限定本「The Alchemist Record 5」の制作プロジェクトに密着した。

周年本の制作背景と目的

周年本の制作が始まったきっかけは「周年施策の一環として、運営チームの熱量が伝わる特別なものを作りユーザーの皆さんに喜んでいただこう」という『タガタメ』プロデューサー・今泉の提案だった。「それなら、ボリュームと手元に残す価値のある本を作ろう」と、本プロジェクトを任された統括アートディレクター・木村の旗振りのもと、2周年のときに1冊目が制作された。

「The Alchemist Record」は、周年本と劇場版の特別編も含めて今回で6冊目となるが、ここまで拘って作り続けている背景にはタガタメ』を強いIP[1]に育てたいという想いがある。そのためには「ユーザーの皆さんの記憶に残るものを作ることが鍵になる」と言う。
本を読むという行為は、テレビを見ることなどとは違い自分で能動的にページをめくらないとならないが、その分記憶に残りやすい。また、デジタルデータであるゲームは配信が終わったら消えてしまうもののため、紙媒体で記録を残しておく意義は大きいと言える。周年本はユーザーの皆さんに対する感謝の気持ちでもあり、制作メンバーにとっての軌跡でもあるのだ。

[1] IP…Intellectual Propertyの略。知的財産権。

制作プロセスと現場の様子

周年本制作は、Studio FgGのG-ROW SCENARIO[2]やG-ROW ART[3]、そしてデザイナーが中心となって行われる。統括アートディレクターの木村を含め、ほとんどが『タガタメ』のゲーム制作の主力メンバーだ。そのため、制作メンバーにとって、周年本制作はゲームの周年施策対応で多忙な時期に重なるサイドプロジェクトとなる。そのような中、どのように一定のクオリティが担保された周年本制作が実現しているのか。制作メンバーに密着して、その実態が見えてきた。

[2] G-ROW SCENARIO…Studio FgGでゲームのシナリオ・テキスト制作を担うチーム。
[3] G-ROW ART…Studio FgGでゲームのイラスト制作・ビジュアル面の監修を担うチーム。

<関係部署と制作の中心メンバー>

  • 統括アートディレクター
    Studio FgGでゲーム全般のアートディレクションを担う木村が、周年本のディレクションも行っている。自身でも装丁や扉、インタビューページなど一部のページデザインを制作する。
  • デザイナー
    各ページのデザインは、統括アートディレクター・木村とデザイナーの柴田が、シナリオディレクターの齋藤と連携しながら制作する。
  • G-ROW SCENARIO(進行管理、シナリオディレクター)
    テーマ・構成決め、テキスト制作、さらにプロジェクト全体の進行管理を、Studio FgGのG-ROW SCENARIOメンバーで、過去に出版業界の経験もある進行管理の金巻とシナリオディレクターの齋藤の2名が中心となり担当する。G-ROW SCENARIOは通常、ゲームのシナリオ制作のディレクションや、キャラクター設定や台本の制作などゲームの世界観に関わる業務を行っているが、周年本制作では、二人が過去の経験を活かし、台割やラフ制作などの通常業務では発生しない業務も行う。
  • G-ROW ART(アートディレクター、イラストレーター)
    周年本の中で使用されるキャラクターなどのイラスト素材はG-ROW ARTのメンバーである『タガタメ』アートディレクターの横山が管理し、齋藤や柴田と連携しながら、各場面での適切な素材を提供している。

全員が『タガタメ』への深い理解があるから、議論はスムーズに進む

周年本制作は11月から始まる。まずは、制作メンバー全員でのキックオフミーティングでテーマと台割決め、そしてテーマに沿ったデザインイメージの擦り合わせが行われる。

台割作成:G-ROW SCENARIOの金巻と齋藤が台割の素案を作り、全体でも案を出し合い調整する。
周年本の内容は、過去のフォーマットを踏襲しながらも、毎回新しいコンテンツを取り入れていくことも意識している。6冊目ともなると新しいネタを出すことは容易ではないが「読み物としてしっかり面白いものにしたい」と語る齋藤は、素案作りの段階から様々な案を考えていた。事前準備も奏功し、全体でのミーティングでは『タガタメ』に精通する各メンバーから次々とアイデアが出された。金巻も「4コマ漫画を差し込みたいという新しい提案があったり、メンバーで忌憚なく意見を出し合えた」と、今回の制作にあたって既に手応えを感じ始めていた。

全96ページ分の内容が記されている台割

デザインイメージ擦り合わせ:台割が概ね固まったところで、デザインの方針が統括アートディレクター・木村からメンバーへ伝えられる。
今回、周年本の題材となるのは『タガタメ』創世の物語「神ガ選ばぬ、革命を(以下『神革』)」。今まではビジュアルブックの側面が強かったが「今回は『創世』にちなんで静かで荘厳な雰囲気を目指す。これまでとは違う、余白を活かしたデザインにしたい」と、木村が全体の方針をメンバーに伝えた。シリーズものにも関わらず毎回デザインを変えている理由について、木村は「毎年作っているからこそ、ゲームと同じように飽きられない工夫が必要。周年本も変化させないと」と語る。ミーティングでは「静謐さ」「荘厳さ」といった木村の言葉からメンバーがイメージを膨らませ、ビジュアルやコンテンツのアイデアが広げられていった。

過去の周年本を見ながら議論を交わすメンバー

1冊目や2冊目から制作に関わっているメンバーが多いこともあり、感覚的な表現が行き交うなかでもしっかり共通認識が形成されている様子だった台割とデザインの方向性は、ものの1時間で大枠が固まった。

信頼と尊敬があるから、本音でぶつかり合える

キックオフミーティングで周年本の制作方針やページ数が決まった後、印刷会社とも打ち合わせ、下版日は1月末と決まった。ここから1月中旬の入稿までの約2ヵ月間はメンバーが各々で作業を進める期間となり、金巻がゲームの周年施策対応で多忙なメンバーに配慮しながら進行を管理する。まずは、齋藤と柴田が中心となりラフ制作とデザイン制作が進行していく。

ラフ制作:G-ROW SCENARIOの齋藤が、周年本に掲載するテキストやイラスト配置、相関図の内容を想定しながらページのラフを切る。
この作業にあたっては『タガタメ』のストーリーやキャラクターを詳細に理解している必要があるが、通常業務でも『タガタメ』に深く関わっている齋藤は慣れた様子でラフを描き進めていた。ラフの内容は、手描きでとても簡易的だ。齋藤は「アートの人間ではない自分がラフを切るのは、その後のテキスト制作をするにあたって、イラスト位置や誌面の流れを踏まえて考える必要があるため。直接デザイナーさんに口頭で補足できるので、ページ内で何をしたいかの意図が伝われば、程度の粒度で制作できる」と、社内で制作するメリットを明かした。
簡易的と言えど、齋藤が制作するラフは50ページにも及ぶ。繁忙期の最中ではあるが「通常のシナリオディレクター業務とは違う側面の作業なので、良い刺激になっている。それにこの作業をすることでシナリオを改めて振り返る機会にもなる」と話す齋藤の前向きな姿勢が印象的だった。

齋藤が制作した手描きラフ。柴田曰く「かっちりしたものより、これくらいがやりやすい」

デザイン制作:齋藤が制作したラフをもとに、デザイナーの柴田が各ページのデザインを形にする。
キックオフミーティングで木村から伝えられたイメージに沿って、柴田は静けさを意識したデザイン制作を進めていた。しかし、そのデザインを見た木村からは「騒がしい、もっと静かに」との意見が出される。柴田なりに余白のとり方を試行錯誤するも、逆に「これはスカスカ。動きがない」と、木村のイメージとは違ったようだ。柴田は「一口に『静か』といっても色々ある。木村ADも自分も納得できるものになるまで、手探りで擦り合わせていくしかない」と語る。イラストのサイズや配置、誌面を飾るエフェクト、そして木村が冊子用に特別に作った飾り文字等を調整し、次の確認で木村と合意に至った。こうして周年本は毎年具体的なデザインの方向性を固めていく。

デザインの変遷。初期のデザインより、だいぶ落ち着いた印象に着地

今回、柴田を一番悩ませたのは各章の冒頭に入る見出しデザインだ。今年の周年本には「神ガ選ばぬ、革命を」の1章から6章までの内容が掲載されており、齋藤からは各章で同じ見え方のする文言でないと、見出しとして持たせている意味合いが薄れてしまうという意見が。一方柴田は誌面のフォーマット化、単調な印象を避けたいという考えがあった。置かれる文字の意味合いを求める齋藤とデザイン性を追究する柴田という構図だ。お互い、相手の主張に理解を示しながらも、譲れない拘りがあった。金巻も交えて何度も議論を重ねた結果、文言の大きさや内容などは変えずに目立たない色にするという、両者納得できる最適解に辿り着いた。各々想いがある故に、デザイナーとG-ROW SCENARIOで意見がぶつかることは多いと言う。それでも、お互いを認め合い信頼しているからこそ、拘りが我が儘にならずに建設的な議論となる。ここに、周年本が毎年新鮮味の感じられるものに仕上がっている理由があるのだろう。

議論となった見出し「伝承の断片」。薄めの色を採用

デザイン制作では、イラスト素材を管理するG-ROW ARTの役割も重要になる。周年本には大量のイラスト素材が使用されるうえに、公開前の最新イラストも掲載するため、最終入稿ぎりぎりのタイミングで差し替えられるイラストもある。また、最終版に至るまでの間に、セクション外の人間では気付きにくい細かな修正が入ることもあるので、G-ROW ART視点での確認は不可欠だ。「自作の冊子に間違ったイラストを載せることはあってはならない」という木村の言葉からも、その重要さが伺えた。G-ROW ARTから周年本制作に参加する横山も「周年本の品質やG-ROW ARTの拘りが損なわれないよう、使用するイラストが意図した使われ方をしているか、細心の注意を払って確認している」と、この業務に強い責任感を持って臨んでいる様子をみせていた。

クオリティに妥協せず、細部まで拘り抜く

同時期に、金巻と齋藤が中心となりテキスト制作が進められる。また周年本の表紙カバー選定やインタビューの写真撮影は、統括アートディレクターの木村自身が主導する。

テキスト制作:各ページの本文テキストやキャッチコピーに加え、インタビュー記事も制作する。
周年本には、時にゲーム内では明確に描かなかった要素や設定が掲載されることも。「描いていない部分をどこまでどう出すか、今後の展開を踏まえると開示しづらい情報もあるが、本を手に取るユーザーの皆さんに喜んでいただくため、少しでも内容の濃いものにしたい」という想いが金巻にはある。

金巻と齋藤以外のG-ROW SCENARIOメンバーも協力し制作されるテキスト

表紙カバー選定:表紙カバーの用紙と、カバーに印刷されるタイトル部分の箔を木村が周年本のテーマに合わせて選定する。
表紙カバーも、読者に喜んでもらうための拘りの一つだ。表紙カバーの用紙だけで、本全体の印象は大きく変わる。今年も木村は紙の専門店を訪れ、テクスチャーや発色などを見ながら約6,000種類ある紙の中から『神革』に合うものを探した。木村は「印刷してみるまで、思いどおりの色が出るか分からない」と用紙選定の難しさを話しながらも、慎重にサンプルを確認しイメージに合う用紙を選び抜いた。

紙専門店にて、印刷会社の方とともに1枚1枚用紙サンプルを確認

インタビュー写真制作:プロデューサー・今泉のインタビューページに組み込まれる写真は、ロケ地の選定から撮影ディレクション、加工まで木村が行う。
写真撮影に向け、カメラマンも交えて『神革』のイメージに合ったロケ地の議論が行われた。「丘の上」や「富士の樹海」という意見も出される中「石の神殿の印象がある『神革』のイメージに合致している」と決まったのは「採石場」。ロケハンのため、往復4時間かけて現地へ向かった。木村は、地形や石の模様が複雑で、場所や角度によって様々な表情を見せる採石場内を歩き回り、最適な撮影スポットを探した。ロケハンの甲斐もあり本番の撮影では思いどおりの写真が撮れ、木村も「自然を活かしたかっこいい写真に仕上がった」と満足げだった。

採石場での撮影にて、木村がプロデューサー・今泉の立ち位置を調整

臨機応変な対応で不測の事態も乗り切る

年が明け、1月中旬の入稿に向け各自での作業はラストスパートに入った。しかし、このタイミングで政府より緊急事態宣言が発令。原則在宅勤務となることに加え、周年本を配布する予定だったファンミーティングもオフラインでの開催ができなくなった。その他の周年施策対応も大詰めに入っている中、複数のプロジェクトを掛け持ちする木村は特に時間がなく、自身の担当ページに着手できていない状況だった。
一方、他メンバーの担当部分は完成に近づいており、下版に向け文字校正の作業が進められていた。

文字校正:印刷会社で校正紙を出力してもらい、誤字・脱字などの不備がないかメンバー全員で確認する。
通常、文字校正の作業ではメンバーが校正紙を順番に回し、直接修正を書き込んでいく作業を繰り返す。しかし在宅勤務下では校正紙の確認が個々人の単独作業となってしまい、修正漏れや他者の修正意図との行き違いが懸念されていた。そこで、齋藤が率先して対応し修正箇所を集約して木村や柴田に伝達する形をとった。本来とは違う動き方ではあったが、チームワークに乱れはなく、校正作業は進められていく。
確認と修正の作業は、下版まで何度も繰り返される。実は過去の周年本では誤字を出してしまった苦い経験があった。その回は特に文字数が多かったこともあったが「無料でお配りしているものとはいえ、G-ROW SCENARIOとして本当に悔しかった」と金巻は当時を振り返り、他のメンバーからも「もう絶対にミスは出さない」という強い意志が感じられた。

修正箇所はページ毎にまとめられ、デザイナーへ伝達

「今年は本当に時間がない……」と嘆きながらも、木村は下版1週間前からなんとか時間を捻出し、担当ページの仕上げに着手した。データ引き渡しタイミングの調整を何度も印刷会社と繰り返しながら、下版直前まで細かな調整が続いた。

下版:ついに最終工程。最終版のデータを印刷会社に入稿する。
ギリギリまで確認作業を繰り返し、下版日を迎えた。最後の修正が終わり、あとは入稿するのみ……と思われたとき、修正をかけたデータファイルの一部が古いもので、過去の修正が反映されていないことを齋藤が発見。Slack(チャットツール)のやりとりは一時騒然となったが、齋藤が確実な修正方法を直ちにメンバーと擦り合わせたことで、大きな混乱なく対処できた。最後にトラブルはありながらも、これで3ヵ月間に及んだ周年本制作の作業はすべて完了した。
リリースという区切りがあっても運用が続くゲームと違い、本の制作には明確な終わりがある。この日はメンバーにとって、いつもとは違った達成感を味わえる日だと言う。メンバー同士の場所は離れているが、Slackを通じてその達成感は全員で共有され、労いの言葉とともに感謝の気持ちが示された。

下版を終えたメンバーの達成感が伝わるSlackでのやりとり

メンバー共通の想い

周年本の制作に密着する中で、メンバー各自がプロフェッショナルである以上に、役職や年齢関係なく全員がお互いに対する尊敬と信頼感を持っていることが様々な場面で感じられた。

齋藤は「周年本制作に関わっているメンバーは、各々が『タガタメ』に対してやりたいこと、作りたいものを持っている。だからこそ『こうじゃない、ああじゃない』と議論にもなる」と、メンバーの周年本制作に取り組む姿勢を話し「お互いに尊重し合っているからこそ本音で議論できるし、一緒に作っていて楽しい」と続ける。横山も「自分はメンバーの中で一番歴が浅いが、皆さんの拘りを大切にしながら、G-ROW ARTとしての周年本への拘りも受け継ぎ、きちんと伝えている」と話しており、信頼があるからこそお互いに妥協しないメンバーの関係性が伺えた。
柴田も「自分のやりたいことと木村ADのイメージやメンバーの意見を掛け合わせていくことが、このプロジェクトの難しさであり、面白さでもある。各々の拘りもある中で、自分の表現を採り入れさせてもらっている部分も大きいことがやりがいに繋がっている」と、本プロジェクトの醍醐味を語る。これに対して木村は「世に出して恥ずかしくないものにすることは絶対。あとはコンセプトと合っているかどうか。ただ、そのコンセプトをどう表現するかは、デザイナーの個性や面白みが出るところ」と前置きしたうえで「今回はかなり上手くいったよね」と、満足げに振り返った。

「『タガタメ』をよく知り、意見を言い合えるメンバーだからこそ、これだけのクオリティのものを作れていると感じる。忙しくなっても、社内メンバーで作る価値は大きい」と金巻が言うとおり、拘り抜かれた周年本を生み出す背景には、メンバー同士の厚い信頼関係があることは間違いない。そして、その根底には「ユーザーの皆さんに良いものを届け、喜んでいただきたい」というメンバー共通の想いがある。制作メンバー全員が想いを一つにし、その想いを体現している現場の様子が、今回の密着取材を通じて明らかとなった。

最後に、メンバーに今後の周年本について尋ねたところ「来年、再来年も作り続け『タガタメ』の物語とともに完結させたい」と、全員の意見が一致した。木村も「周年本は僕たちにとって『タガタメが続いてきた証であり、今後も続けていくための糧」だと言う。来年の展開について木村は「これから『タガタメ』は、個々に進んできたストーリーが繋がる段階に入っていく。次回の周年本では、その繋がりをどう見せるかが肝になる。楽しみにしてくれている方々の期待に応えられるよう、また新たなチャレンジもしていくつもりだ」と、次回作への意気込みを語った。